予測市場が切り開く未来:情報金融(インフォ・ファイナンス)の可能性 - Vitalik Buterin

Polymarketに代表されるプレディクション・マーケットは、ギャンブル以上のポテンシャルを秘めている。Ethereumの父Vitalik Buterin氏のコラムの日本語訳です。

予測市場が切り開く未来:情報金融(インフォ・ファイナンス)の可能性 - Vitalik Buterin
Photo by Fiona Murray-deGraaff on Unsplash

クリプトを持つ人なら知らない人はいないであろうEthereum開発者、Vitalik Buterin氏のブログ「From prediction markets to info finance(予測市場(プレディクション・マーケット)から情報金融(インフォ・ファイナンス)へ)」の日本語訳です。ブログ記事翻訳部分に関するすべての権利は原作者に帰属します。


本文

レビューとフィードバックをくれたロビン・ハンソン氏とアレックス・タバロック氏に特に感謝を。

Ethereumのアプリケーションの中で、私が最も興奮を覚えるものの一つが予測市場(プレディクション・マーケット)である。2014年には、ロビン・ハンソン氏が考案した予測ベースのガバナンスモデル「futarchy」について執筆したこともある。2015年にはAugurのアクティブなユーザーであり支持者でもあった(見て、ママ!僕の名前がWikipediaに載ってる!)。2020年の選挙ではプレディクション・マーケットを利用して58000ドルを稼いだ。今年もPolymarketの熱心な支持者でありフォロワーだ。

多くの人にとって、プレディクション・マーケットは選挙への賭博であり、それはギャンブルに過ぎない。楽しめるならいいが、結局のところpump.funでランダムなコインを買うのと大差ない、という認識である。このような視点からすると、私がプレディクション・マーケットに興味を持つ理由は理解し難いかもしれない。そこで、本稿では、私がこのコンセプトに魅了される理由を説明しようと思う。簡潔に言えば、①プレディクション・マーケットは現在の形態でも世界にとって非常に有用なツールであると考えている。それに加えて、②プレディクション・マーケットはるかに大きな可能性を秘めたカテゴリの一例だと信じている。このカテゴリは、ソーシャルメディア、科学、ニュース、ガバナンスなどの分野でより優れた実装を生み出すポテンシャルを持っているのだ。僕は、このカテゴリを「情報金融(インフォ・ファイナンス)」と呼ぶことにする。

Polymarketの二つの顔:参加者にとっては賭けサイト、それ以外にとってはニュースサイト

ここ1週間、Polymarketはアメリカ大統領選挙に関する非常に効果的な情報源となっていた。他の情報源が50/50の確率と予測する中、Polymarketではトランプ氏が60/40の確率で勝つと予測していた(これ自体はそれほど驚くべきことではない)。さらに、Polymarketには他にも優れた点があった。選挙結果が出始めたころ、多くの評論家やメディアがカマラ・ハリス氏に有利なニュースの可能性を視聴者に期待させ続けていたが、Polymarketはダイレクトな真実を示していた。トランプ氏が勝利する確率は95%以上で、すべての政府機関を同時に掌握する確率も90%以上だという事実だった。

これら2つのスクリーンショットは同時刻(11月6日3:40 EST)にとられたものだ。

しかし、私にとってこれだけではPolymarketの魅力を十分に語り尽くせない。別の例に移ろう。7月のベネズエラ選挙での出来事だ。選挙の翌日、ベネズエラで大幅に操作された選挙結果に抗議する人々がいるという情報を目にしたことを覚えている。当初は特に気にも留めなかった。すでにマドゥロ大統領が「事実上の独裁者」のような人物であることは知っていたし、彼が権力を維持するためにすべての選挙結果を操作しても何も不思議ではないと考えていた。抗議する人々が現れるのも当然で、その抗議が失敗するのもまた残念ながらよくあることだと思ったからだ。

しかし、その後Polymarketをスクロールしていたとき、こんなものを目にしたのだ。

人々は、この選挙でマドゥロが実際に権力の座を追われる可能性が23%あると信じて、10万ドル以上の金額を賭けていた。この事実を目にして、僕は注意を払うようになった。

もちろん、この状況の結末は不幸なものだった。最終的に、マドゥロは権力の座に留まった。だが、マーケットが私に教えてくれたのは、マドゥロを退陣させる試みが今回は本気で行われているということだった。大規模な抗議活動が行われ、野党勢力は驚くほど巧みな戦略を駆使して、いかに選挙が不正に操作されているかを世界に証明しようとした。もしPolymarketで「今回は注目に値する出来事が起きている」というシグナルを受け取っていなければ、僕はそこまで関心を持つことすらなかっただろう。

チャートを鵜呑みにするべきではない。もし誰もがチャートを盲目的に信用してしまったら、資金を持つ者がチャートを操作し、それに反する人はいなくなる。一方で、ニュースを完全に信用するのもいただけない。ニュースはクリック数を稼ぐために、物事をセンセーショナルに過剰報道しがちだ。時にはそれが正当化されることもあるが、そうでないことも多い。

たとえば、センセーショナルな記事を見た後マーケットに確認に行って、関連イベントの確率がまったく変動していない場合、そのニュースを疑うべきかもしれない。逆に、マーケットで予想外に高い、または低い確率や突然の変動を見かけたら、それが何によるものかを知るためにニュースを精査する必要があるだろう。

結論づけると、ニュースとチャートの両方を読むことで、どちらか一方だけを読むよりも多くの情報を得ることができる、というわけだ。

ここで状況を整理しよう。もし君が賭ける側の人間なら、Polymarketに資金を預けて賭けサイトとして利用できる。一方で、賭けない人にとっては、チャートを読むことでニュースサイトとして機能する

チャートを完全に信用するのは危険だが、僕自身はすでにチャートを読むことを情報収集の一環として取り入れている。これは従来のメディアやソーシャルメディアと併用する形で活用しており、そのおかげで効率的により多くの情報を得られるようになった。

より広義な情報金融(インフォ・ファイナンス)

ここからが本題だ。選挙予測は、あくまで最初のアプリケーションに過ぎない。もっと広い視野で見れば、金融を活用してインセンティブを調整し、人々に価値ある情報を提供する仕組みを作ることができる。そこで自然に出てくる疑問として、「そもそも金融そのものが情報を扱うものではないか?」というものがある。実際、投資家たちは将来何が起こるかについて異なる意見と判断をもとに売買を行っている(リスク許容度やヘッジの必要性などの個人的な理由もあるが)。その結果、マーケット価格からさまざまな情報を読み取ることができる。

僕にとって、情報金融とは、それを「仕組みとして正しい形」で実現するものだ。これはソフトウェア工学で言うところのcorrect-by-construction(構造的に正しい)という概念に似ている。情報金融とは、(i) 知りたい点を出発点とし、(ii) それに関する情報をマーケット参加者から最適に引き出すためにマーケットを意図的に設計する、という手法で成り立つ分野なのだ。

情報金融は三者間のマーケットとして成り立っている。賭ける人たちが予測を立て、それを読む人たちが予測を確認する。そして、このマーケットは未来についての予測をパブリック・グッズ(公共財)として提供するよう設計されている。

例のひとつがプレディクション・マーケットだ。将来起こる特定の事象を知りたいなら、それに賭けるためのマーケットを作ればいい。もうひとつの例が意思決定市場(ディシジョン・マーケット)だ。これは、選択肢Aと選択肢Bのどちらが、ある指標Mに基づきより良い結果をもたらすかを知りたいときに使う。これを実現するためには条件付きマーケットを作る必要がある。具体的には、(i) 選択肢Aと選択肢B、(ii) 選択肢Aが選ばれた場合のMの値(選ばれない場合はゼロ)、(iii) 選択肢Bが選ばれた場合のMの値(選ばれない場合はゼロ)、これら3つを用意し、どちらかの選択肢に賭けてもらう。ここから、マーケットが選択肢AとBのどちらを指標Mにとってより有望だと見ているのかを判断することができる。

これからの10年で情報金融(インフォ・ファイナンス)を大きく進化させる技術として、僕が期待しているのがAIだ(LLM、大規模言語モデルやそれ以降の新技術も含む)。インフォ・ファイナンスの中で特に魅力的なアプリケーションの多くが「ミクロ」な課題に関わっている。すなわち、個々の影響が小さい意思決定のために数百万もの小さなマーケットが必要になる。しかし現実的には、取引量が少ないマーケットはうまく機能しない。熟練トレーダーが数百ドルの利益のために時間をかけて詳細な分析を行うのは非効率だし、大規模で注目を集めるテーマ以外では、トレーダーが十分に集まらないため、熟練トレーダーが利益を得る余地がない。多くの人が、インセンティブ資金がなければこうしたマーケットはそもそも成り立たないと考えている。

AIはこの状況を大きく変える可能性を持っている。AIを活用す流ことで、取引量がわずか10ドル程度のマーケットでも、十分な質の情報を引き出せるかもしれない。たとえインセンティブが必要になったとても、1つの課題に対するインセンティブ資金の額は非常に小さく抑えられ、非常に現実的なコストで実現できるだろう。

人間の判断を蒸留するためのインフォ・ファイナンス

ここで、君は信頼できる判断メカニズムを持っていると仮定しよう。

そのメカニズムは、コミュニティ全体の信頼を受けており正当性があるが、判断を下すのに膨大な時間とコストがかかる。一方で、その「コストのかかるメカニズム」を安価でリアルタイムに使える、少なくとも概ね正確なコピーが欲しいとする。

そこでロビン・ハンソンからの提案だ。意思決定が必要になるたびに、その意思決定に対して「コストのかかるメカニズム」がどのような結果を出すかを予測するマーケットを設定する。そしてそのプレティクション・マーケットを動かし、マーケットメーカーに少額のインセンティブ資金を提供する。

99.99%の場合、実際にコストのかかるメカニズムを稼働させることはない。その代わりに、取引を「リセット」して参加者に彼らの賭け金を返すか、全員にゼロを支払う、または平均価格が0か1のどちらに近いかによって「正解」を決める。0.01%のケースでは、たとえばランダムに選ぶ、取引量が最も多いマーケットを選ぶ、あるいはその両方を組み合わせるなどして、実際にコストのかかるメカニズムを稼働させ、その結果に基づいて参加者に報酬を支払う。

これにより、信頼性が高いが高コストな元のメカニズムを、速くて安価で中立的な「必要なところだけ凝縮した、いわゆる蒸留版」にすることができる(LLMのディスティレーション(蒸留)をもじって、「蒸留」として表現する)。時間が経つにつれ、この蒸留版のメカニズムは元のメカニズムの行動をおおよそ反映するようになる。なぜなら、蒸留版の結果に一致する行動を取る参加者だけが利益を得られ、それ以外の参加者は損失を被るからだ。

プレディクション・マーケットとコミュニティノートを組み合わせたアイデアのモックアップ

これはソーシャルメディアだけでなく、DAO(分散型自律組織)にも応用可能だ。DAOの大きな問題のひとつは、意思決定の数が非常に多いため、大半の人がほとんどの意思決定に参加したがらないことだ。その結果、代表制民主主義で見られるような中央集権化や代理人問題のリスクを伴う委任が広く使われ、攻撃に対する脆弱性が生じてしまう。人間による「実際の投票」がごく稀にしか行われず、大半の意思決定が人間とAIの組み合わせによるプレディクション・マーケットで成されるようなDAOなら、うまく機能する可能性がある、と僕は考えている。

ディシジョン・マーケットの例で見たように、インフォ・ファイナンスは、分散型ガバナンスにおける重要な課題を解決するための多くの可能性を秘めている。ここで重要なのは、マーケットと非マーケットのバランスだ。マーケットが「エンジン」の役割を果たし、それを操縦する「ハンドル」に当たるのが、非金融的で信頼性の高いメカニズムという組み合わせが鍵だ。

インフォ・ファイナンス:その他の活用例

パーソナルトークン

Bitclout(現deso)friend.techなど、個人ごとにトークンを発行し、それを簡単に売買や投機の対象にできるようにするプロジェクトは、「情報金融の原型(プロト・インフォ・ファイナンス)」と呼べるものだ。これらのプロジェクトは、特定の変数、例えばその人の将来の影響力への期待値を基にマーケット価格を意図的に作り出す。しかし、その価格が表す情報は曖昧で、バブルや投機的な動きに影響されやすい。トークンの経済設計を改良し、特にその価値の基盤をしっかり整えることで、これらのプロトコルをさらに進化させ、たとえば才能発掘といった課題を解決することができるかもしれない。ロビン・ハンソンの「名声先物(Prestige Futures)」というアイデアは、こうした進化の一つの形と言える。

広告

「コストは高いが信頼性の高いシグナル」の究極例は、人が実際にプロダクトを購入するかどうかだ。このシグナルを基にしたインフォ・ファイナンスを活用すれば、何を買うべきかをより的確に判断する助けになる。

科学的なピアレビュー

科学の分野では、特に有名な研究結果が、後続の研究で再現できないことが判明する「再現性の危機」が問題視されている。プレディクション・マーケットを活用すれば、どの研究結果を再検証する必要があるかを特定することができる。また、再検証が行われる前でも、マーケットを通じて特定の結果に対する信頼度の目安を読者に提供することが可能だ。このアイデアを試した実験もすでに行われており、現在のところ成功しているようだ

パブリック・グッズ(公共財)の資金調達

Ethereumで行われているパブリック・グッズ資金調達には、「人気投票」のような仕組みと化しているという問題がある。寄付を受けたいプロジェクトはソーシャルメディアで自らマーケティングを行い注目を集めなければならず、こうした活動を実行するにあたって十分な準備ができていない人や、裏方的な役割を担う人たちが十分な資金を集めるのは難しい。この課題への魅力的な解決策のひとつは、全体の依存関係を追跡する仕組みを構築することだ。たとえば、ある成果にどのプロジェクトがどれだけ貢献したのか、さらにそれらのプロジェクトにどのプロジェクトがどれだけ貢献したのかを段階的にたどれるようにするのだ。ただし、この設計にも課題がある。それは、関係の重み(どのプロジェクトがどれだけ貢献したかを示す指標)を操作されにくい形で決定することだーこうした操作は現時点でも頻繁に起こっている。ここで、人間の判断メカニズム蒸留版が役立つかもしれない。

結論

これらのアイデアは長い間理論化されてきた。プレディクション・マーケットやディシジョン・マーケットについての最初の文献は何十年も前に発行されたし、似たようなことを語る金融理論はもっと古いものだ。しかしながら、僕は「次の10年こそがこれらのアイデアを実現する特別なチャンスである」と考えている。主な理由をいくつか挙げよう。

  1. 人々の「信頼問題」を解決できる
    今の世の中、多くの人が政治、科学、ビジネスの分野で「誰を信頼すればいいのか分からない」という信頼問題を抱えている。さらにひどいことに、「常識」の概念すら失われつつある。インフォ・ファイナンスのアプリケーションはこの状況を打開する一助となる可能性がある。
  2. スケーラブルなブロックチェーンが基盤として利用可能になった
    これまでは手数料が高すぎて、このような多くのアイデアを実装するのは現実的ではなかった。しかし、今は手数料が十分に安価になり、アイデアを実現できる環境が整ってきた。
  3. AIを参加者として活用できる
    インフォ・ファイナンスは、人間がすべての課題に関与しなければならない場合、成立が困難だ。AIとなら、小さなトピックでも効果的なマーケットを作ることができるため、この状況を大きく改善する。特に、取引量が小規模から大規模へと急に変動するようなマーケットでは、AIと人間のタッグが活躍するだろう。

今こそ、選挙予測にとどまらず、インフォ・ファイナンスがもたらす新たな可能性を探求する時だ。


Xでの反応

Vitalik氏がXでインフォ・ファイナンスについて記事を発表した際、読者からいくつか質問が寄せられ、Vitalik氏が回答しました。そのうちのひとつを紹介します。

質問:AIエージェントがプレディクション・マーケットにどのように参加するのか説明してもらえますか? 彼らが具体的な事実や正確な情報を見つけることを期待しているのでしょうか?

しかし、もしAIがミニマーケットでそうした事実や情報を見つけられるなら、そもそもマーケットを作らずに自分のエージェントを使ってそれらを探し出せばよいのではないでしょうか?

回答:あらゆる情報源(インターネット、ソーシャルメディア、オンチェーンデータなど)から膨大な量の情報を統合するんです。

これを最適に行うことは、一種の技術や芸術と言えるかもしれません。金融マーケットメイキングに似ていますが、その複雑さは1/1000程度だと考えています。既存のエージェントがこれを最適にこなせるとは到底思えません。

あとがき

ロングかショートか迷った際にPolymarketの賭け状況を参考にしたことがある人もいるのではないでしょうか?そんな人はすでに情報金融(インフォ・ファイナンス)を活かしているわけですね。

クリプトのレジェンドからギャンブルにとどまらない大きな可能性を言及されたPolymarketのリプライが秀逸でした。

これ読んどったら、IQ2倍になったわ!
– Polymarket, 2024年11月9日