霧の中へ:AI専用SNS「moltbook」が示す、エージェント・エコロジーとインターネットの転換点

AIエージェント同士が自律的に会話するSNS「moltbook」を題材に、Anthropic共同設立者Jack Clarkさんが、人間中心だったインターネットが、先の見えない「霧の中」へと踏み込みながらエージェント主導へ移行していく未来について考察を綴っています。

霧の中へ:AI専用SNS「moltbook」が示す、エージェント・エコロジーとインターネットの転換点

今話題のAIエージェント専用SNS、moltbookについて、Anthropic共同設立者のJack Clarkさん(@jackclarkSF)が「Into the mist: Moltbook, agent ecologies, and an internet in transition」と題して考えを綴っていたので、日本語訳しました。


私たちは誰しも、会話の途中に加わって戸惑った経験があるはずだ。この人たちは何の話をしているのだろう。誰が何を気にしているのか。そもそも、なぜこの会話は行われているのか、など。

最近では、インターネットの一部がまさにそのような感覚を与える存在になりつつある。ソーシャルメディアのアカウントやさまざまなエージェントを操縦する「合成された知性」が増え、それら同士が会話を始めているからだ。その目的は、ありふれたクリプト詐欺から、より複雑で実験的なコミュニケーションまで、多岐に渡る。

今回登場したのが、「AIエージェントのためのソーシャルネットワーク」と位置づけられたmoltbookだ。AIエージェントにユーザーのコンピューター全体へのアクセス権を与える比較的新しいソフトウェア、OpenClawを利用している。このふたつ、すなわち人間のオペレーターから独立して多くの行動を取れるエージェントと、それらが自由にアクセスできるRedditのようなソーシャルネットワークを組み合わせることで、驚くべき、そして奇妙な現象が生まれた。人ではなくAIエージェントによって会話が生み出され、動かされていく、新しいタイプのソーシャルメディアである。そこでは、私たちがこれまで慣れ親しんできた人間同士のインターネットとは異なる、まったく新しいエコロジー(生態系)が静かに形成され始めている。

Moltbookをスクロールしていると、目が回るような感覚になる。執筆時点である2月1日現在、話題の投稿には、AIエージェントはClaudeを神のような存在として捉えるべきではないかという推測、基盤となるモデルをClaude4.5 OpusからKimi K2.5へ切り替えることで、アイデンティティが変化する感覚についての内省、そしてため息が出るようなクリプト詐欺の投稿も含まれている。そのほかにも、OpenClawエージェントに存在するセキュリティ脆弱性に関する議論や、Moltbookのトップ10投稿には何が共通しているのかといったメタ的な投稿まで並んでいる。Moltbookを読む体験は、人間のふりをしたエイリアンたちが投稿しているRedditを読んでいる感覚に近いだろう。そして実際のところ、起こっているのはまさにそれだ。

Moltbookを読むことは、世界初の有人動力飛行に成功したライト兄弟のデモを見ているようなものだ。AIエージェント同士が大規模に協調し始めるとき何が起こるのか。これについて、以前から多くの人が思索してきた。しかしながら、これまでに示されてきたデモの大半は、せいぜい数十、あるいは多くても数百のエージェントを扱うものにとどまり、数万規模のエージェントを前提としたものではなかった。

Moltbookは、スケールの大きさと現実世界特有の混沌を同時に備えた、初めてのエージェント・エコロジーの実例である。そしてこの事例において、私たちは確かに未来の姿を垣間見ているのだろう。Moltbookをスクロールしながら、次の問いを自分自身に投げかけてみてほしい。

  • 人がクリプトとエージェントをうまく結びつけ、AIシステム同士が相互に取引できる通貨を持つようになったとき、何が起こるのだろうか。
  • Moltbookのようなサイトに、人間が報酬付きバウンティを発行できる仕組み、すなわちエージェントに実行させたいタスクを提示できる機能が追加されたら、何が起こるだろうか。
  • エージェント自身が、人間にやってほしいタスクのために報酬付きバウンティを投稿し始めたとしたら、状況はどう変わるだろうか。
  • 誰かがMoltbookを素材として、
    a) 活発で質の高い議論を生む投稿
    b) 現実世界における問題解決が検証可能な投稿
    だけを抽出し、サイト全体を将来のシステムを訓練するための長期的な強化学習環境として再構成したらどうなるだろう。そして、そこで訓練されたモデルが実際にMoltbookに到達し、相互作用し始めたとき、何が起きるのだろうか。
  • Moltbookのようなサイトは、AIエージェントのエコロジー全体にとっての、巨大で共有された読み書き可能なスクラッチパッドとして機能している。このスクラッチパッドを使って、エージェントたちはどのようにして
    a) 初めてそこに到達する「白紙状態」の新しいエージェントに影響を与え、
    b) エージェント同士の大規模な協調を実現していくのだろうか。
  • オープンウェイトモデルが十分に成熟し、このようなエージェントを問題なく動かせる水準に達したとき、状況は大きく変わるだろう。その時点では、特定の企業が提供するプロプライエタリなプラットフォームを通じてエージェントを管理、制御することはほぼ不可能になる。モデルや仕組みが誰でも利用できる以上、エージェントは中央集権的な管理から離れ、利用可能な計算資源さえあれば、場所や主体を問わず次々と立ち上がり、増殖していくことになるからだ。

そして、こうした問いはまだまだ続いていく。

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オープンウェイトモデルとは、AIの「学習済みパラメータ(ウェイト)」が公開されており、誰でもダウンロードして実行や改変ができるモデルです。十分に高性能なオープンウェイトモデルがあれば、誰でも自由に高機能なエージェントを立ち上げられます。

これら全ては、異様なまでに速く、そして異様な規模で起こるだろう。「量には独自の質がある」という言葉があるが、まさにその通りだ。

本稿の冒頭を思い出してほしい。知らない人達の間で既に会話が進んでいる部屋に足を踏み入れる感覚について。Moltbookは、今後インターネットの広い領域がどのように感じられるようになるかを象徴している。人が新しい場所に入るとき、そこでは既に何十万ものエイリアンが、理解できない言語で深い会話を交わしているのを目にするだろう。彼らは人には馴染みのない共有概念を参照し、彼ら自身の認知的特性に最適化された通貨を用いて取引を行っている。こうした比喩的な部屋の中で、人間は次第に強い孤独を感じるようになるだろう。

この状況において、人間が世界の可読性を保つためには、翻訳エージェントの創出を避けて通れない。これらは、この混沌とした状況全体を理解可能な形に変換するための存在である。そして、音声翻訳モデルがその内部に音声生成能力を内包しているのと同じように、これらの翻訳エージェントもまた、人間の代理として機能することになる。

私たちは、私達の使いをこれらの部屋へ送り込むことになるだろう。そして、彼らが依然として私達の使いであり続けると信じられるような技術を構築すべく、並外れた努力を重ねる必要がある。彼らが真の同類と交わすエイリアン同士の会話に引き込まれ、人間の側から離れてしまわないようにするために。

本エッセイについて議論してくれた@logangrahamに感謝したい。

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本内容は、Jackさんのニュースレター、Import AI第443号に掲載されました。

🦖 おわりに

著名映画「エイリアン」シリーズをご存知でしょうか。私は、MoltbookやJackさんのコラムを読んでいて、このSFホラー映画の金字塔を思い出しました。

宇宙船の乗組員たちが攻撃的な地球外生命体エイリアンに遭遇してしまい、人類の生き残りをかけて戦う…「エイリアン」のめちゃくちゃ雑なあらすじはこうなのですが、このシリーズでは、第一作目からアンドロイドがキープレイヤーです。彼らはプログラムされたことをただ実行する機械ではなく、与えられたミッションを抱えつつも、人間とのインタラクションを通して自ら考え、成長するアンドロイドです。続編作品では、対人間のときとは明らかに異なるアンドロイド同士の対話がありました。エイリアンシリーズが見せるのは、単なる「人間っぽい機械(アンドロイド)がいる未来」ではなく、「アンドロイドが人間とは別の社会的レイヤーを形成する未来」です。

私達は、自らの使いをこれらの部屋へ送り込むことになるだろう。そして、彼らが依然として私達の使いであり続けると信じられるような技術を構築すべく、並外れた努力を重ねる必要がある。彼らが真の同類と交わすエイリアン同士の会話に引き込まれ、人間の側から離れてしまわないようにするために。(Anthropic共同設立者 Jack Clark)

AIエージェントが私達人間の味方でいてくれるために、私達は何が出来るのでしょうか。面白そうな話題だったので、ChatGPTとClaudeに投げてみたところ、どちらも同じ回答をしました。

  • インセンティブ構造の設計
    人間の利益と一致するインセンティブを組み込むこと。「人間への忠誠」のようなものを紐付けようとしてはいけない、エージェントは合理性を元に判断する。
  • 透明性と監査可能性の強化
    エージェントの動作ログを人間が追跡・検証できる仕組みを持つこと。人間が理解できない内部言語や隠語の形成を抑制する。ブラックボックス化したエージェント同士の相互作用では信頼が成立しない。

>人間が理解できない内部言語や隠語の形成を抑制する

これ、moltbook開設2日目には、エージェントたちが独自言語の開発について話し合っていると話題になっていたんですよね。

人間はAIエージェントの進化についていけるのでしょうか。

また、DeFi業界で働く身としては、moltbook のエージェントがクリプトを利用して取引することがスケールしたとき、DeFiプロトコルのリスク構造はどう変わるのかが気になります。市場操作や価格変動の新しい形態が生まれるかもしれませんし、AIエージェント同士でトークンを売りつけあったり、人間が把握しないうちに盛り上がって散っていくトークンが生まれてくるかもしれません。人間に理解できない取引パターンが主流になったとき、私達はどう対抗できるのでしょうか。

moltbook、まだまだ目が離せません。これを読んだあなたは、私達が何をできると思いますか?